みのみpt5 学びについて思う事

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ふと気づいたこと。。
ここ2,3年、人生で一番学びへの意欲が高いです。
意識高い系ではありませんが、必要を感じるからしています。
 
積読なんて言葉もありますが、ここ2年は無く
(それまでは多かったです) 即読です。
時々、脳内はスタックしてますが、とりあえず読む。
眼を通すというのも含めてですが、積読はほぼ無し。
 
 

朝、勉強会の予習をしながら思った事。

 
知識が浅い・狭い状態はヤシの木が生えた無人島だなと
他の島に行こうとしても手段もなく、単独で存在するしかない。
〇〇学と〇〇学が繋がらず理論は無駄・疑問に感じてしまう。
 
これが広がる・深まると木々が増えたりして、隣の島へも
いかだで渡れるようになり、島同士が繋がりを持てるようになる。
それぞれがリンクして学ぶ意味が分るようになるイメージ。
 
これが知識が広がる事で、どんどん島が発展し、行き来するのも
イカダから高速・大型化された船になりといったイメージですね。
どんどん繋がり、身体の機能と構造が繋がっていく。
 
これが繋がりだすと学ぶ意味が分ってくるので、より進む。
今正にそんな感じです。楽しいというよりも面白い。
40歳前に今更感が無い訳ではありませんが、学びの場で繋がれた
若手の方々と関わる中で今まだ進めているように思います。
ここは観ないでしょうけど、学びの場を提供くださるK先生と
同様に常に感謝しています。
 
 

団体所属の頃、技術主体に入り込めず、悩んでいた私

 
技術主体だと『提供内容で良くなる』となりがちで、
『なぜ?』に目が向きません。受ける側ならそれで良いですが、
提供側が分かっていないのは致命的だと思っています。
 
団体所属していた頃が正にそうでした。関節を動かすといった表現をはじめ、
身体の中の話が分からずにアプローチ中心でした。何となくは分かっていても
先に進むと技術と理論が一致していかない。得も言われぬ感覚でした。
細かい話の割に技術は雑といった印象でしょうか。
 
神経圧迫を重視して脊柱と繋がっている筋肉の関係は見るのに、
痛みを感じる部位から負担を掛けている部位へは目を向けない。
背骨の代償は考えても、OKC,CKCといった運動連鎖は見ない。
  ↓↓
でも、一過性であれ痛みがおさまっているから良しとする。
 
 
そんな環境なので・・・ 
施術しながら、修正していく過程が考えられないのはおかしいと
なり、月1回通う勉強会で症状に対しての技術を提示される、
技術といってもフォームばかりに拘ることに疑問しか感じませんでした。 
「上手になった」と言われても『何が??フォーム??』と
不安・不満こそあれ自信なんか持てませんでした。
  
クライアントさんから『楽になった』と言われる度に「何で??」
と良くなる理由もわからず、申し訳なくて困っていました。
 
 

ブログ投稿について

 
分かり易さは大切だと思っていますが、そこで全く違う意図になるなら
書かないor分かりにくい表現のまま書いています。後々、分かり易い表現
が判ったところで分かりにくい表現は書き直しています。
 
少しずつですが、手直しもしています。
 
 

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